テオドア・シュトルム Theodor Storm (1817-1888)

北ドイツ、シュレースヴィヒの港町フーズムに弁護士の子として生まれる。  弁護士や判事、知事などを歴任しながら、詩や短編小説を著す。一方では堅実な社会人であったところに、「市民の時代の詩人」としての典型的な姿が見られる。文学史的には「詩的リアリズム」に属する。初期の作品には、過ぎ去った幸福な日々への追憶や、静かなあきらめの中に生きる人々の姿など、細やかな感傷性に包まれた叙情的なものが多く、しだいに叙事性と心理描写に重きが置かれていく。
 主な作品は以下の通り。
■ マルテと彼女の時計* (1847)
■ 広間にて* (1847)
■ みずうみ* (1849)
■ 林檎の熟するとき* (1856)
■ 遅咲きの薔薇* (1859)
■ 広場のほとり* (1860)
■ 大学時代* (1862)
■ 海の彼方より* (1863-64)
■ 聖ユルゲンにて* (1868)
■ 三色菫* (1873)
■ 静かなる音楽家* (1874-75)
■ 美しき誘い* (1875)
■ 溺死* (1876)
■ 白馬の騎手* (1877)
*印は岩波文庫収録

■みずうみ  幼なじみの少年ラインハルトと少女エリーザベトは、幼心に将来を誓い合う。  やがて二人は成長するが、ラインハルトが遊学のために故郷を離れても、二人の気持ちが変わることはなかった。しか し、彼女は互いの幼なじみであるエーリヒと婚約する。  数年後、ラインハルトはエーリヒに招かれて、イムメン湖畔の邸を訪ねる・・・。
■マルテと彼女の時計  未婚の老嬢マルテは、古い時計とともに生きてきた。  チクタクと時を刻む音は、多くの苦しみやささやかな喜びなど、彼女にさまざまな追憶をよみがえらせた・・・。
■広間にて  曾祖母にちなんで名づけられたバルバラの洗礼の日、広間で曾祖母が語る追憶の物語。  今は広間となっているこの場所には、かつて小さな花園があった。今は亡き曾祖父とここで出会ったのは、彼女がまだ8 歳のとき。彼女はブランコで遊んでいた・・・。
■林檎の熟するとき  ある秋の夜、若い男女が会うことを約束している庭へ、靴屋の小僧が林檎を盗みに現れる。  青年がどんなに去れと命じても、お金をやって追い払おうとしても、青年があわてる理由を察した小僧はなかなか立ち去 らない・・・。
■遅咲きの薔薇  ルードルフの妻は、もう若くはない。しかし、澄んだ青春の名残をとどめたその瞳は今なお美しい。  別荘へと招いた友人に、ルードルフは妻に対する思いを語る・・・。

Point  初期の短編集。
 作者は、処女作『マルテと彼女の時計』から『広間にて』、『みずうみ』と、3作まとめて雑誌に発表し、やがて『みずうみ』が単行本として世に出るに及んで、作者の文名も一躍高められた。作者自身、「この作品はドイツ文学の珠玉であり、自分以後なお長く、老いたる者若き者の心を、詩と青春の魅力とをもってとらえるであろう」と言うまでに、この作品 を愛した。  彼の短編のほとんどは「回想」であり、故郷である北ドイツを舞台としている。したがって、文学的守備範囲は非常に狭い。しかし、故郷の美しい風物の描写、人々の美しい心のふれあいは、読者の心の微妙な琴線に深く訴えかけてくる。作者 も自負するように、まさに小さな宝石のような美しい世界が繰り広げられる。